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女性の再就職支援を行なうNPO法人、NOW for Empowermentの新着情報です

~連続インタビュー~私のキャリアヒストリー(第二回 井内千穂さん①)

今回は3人の男の子さんを育てながら40代で再就職し、現在はジャパンタイムズの編集企画部に正社員としてお勤めの井内千穂さんにインタビューしました。

~まずは新卒で就職された時のことを~
はい。法学部を卒業して1年だけ司法試験受験のため大学に籍を置いていましたが、合格できる実感がなかったので就職活動を始め、政府系の金融機関に就職が決まりました。政策金融という分野が興味深かったこと、東京勤務であること(そのころ付き合っていた今の夫が東京で就職していたので)、等がそこに決めた理由でしょうか。

~金融機関のお仕事はどうでしたか?~
結構おもしろかったですよ。中小企業への融資やそのための審査調書を書く仕事を経験しました。中小企業の経営者と直接お話ししたり、不動産屋に突然入って担保物件の相場を聞いたり、業界団体に問い合わせに行ったりということも自分はわりと抵抗なくできるんだなと思いましたね。

~その頃から書くことがお好きだったのですね~
はい。財務諸表などの数字の分析は実は苦手だったのですが、いろいろな人にお会いしてお話を伺ったり、上司の指導を受けながら分析した結果を文章にまとめたりするのは、今思えば、得意でした。

~退職したきっかけは?~
総合職だったので、辞めずに働くつもりでした。就職して2年経ったころ結婚し、まもなく長男を出産しました。当時は育児休業法が成立する1年前だったので、産後2ヶ月で職場復帰しました。退職のきっかけは夫の海外赴任です。夫とも職場とも相談はしましたが、私の仕事のために海外赴任のチャンスをあきらめてほしくなかったですし、私が一人で乳児を抱えての単身赴任も難しいと思いましたし、職場は休職を認めなかったので、退職を選びました。自分にとっても海外生活はチャンスであり、「海外から戻ってきたらまた働こう」くらいに思っていました。
 ところが、東京に戻ってくる頃には次男がお腹にいて、戻ってきて一年で今度は地方に転勤、そこで三男を妊娠。再び東京に戻ってきた頃には既に5年の月日が流れていました。
 そして三男が幼稚園に入ってそろそろ働きたいと思い始めた頃、またドイツに海外赴任することになりました。

~その頃井内さんの年齢は?~
34歳。働きたいイメージはあったけれど、もっと本気で働きたいと思っていたなら子どもを産むタイミングを考えていたはずですし、転勤に際しても夫に単身赴任させるという選択もありえたでしょうが、「家族が一緒に暮らす、子どもを産んで自分で育てる」ということを選んでいたように思います。
 ただ、転勤族の専業主婦妻という立場であったその頃の私は、「世の中からも、周囲の地元のお母さんからも疎外されている…」と感じていました。幼稚園の保護者会活動で広報紙の作成委員をし、働きたい、というエネルギーをぶつけていました。その広報紙作成が今の私の原点だと思います。
 その後ドイツに渡ってからも子ども達が週に一度通っていた日本語補習校の新聞というのを作っていました。
 そして日本に戻ってからまたPTAの広報委員をやりました。日本に戻ってみると広報紙もパソコンで作る時代になっていたので、近所のパソコン教室でマイクロソフトの資格をとり、編集作業がひと通りできるようになりました。PTAの用事で学校にしょっちゅう出入りして先生たちとも顔見知りになってきたある日、先生に「小学校で英語の授業のサポートをして欲しい」と頼まれました。
 英語圏に住んだことがないのでできるかどうか心配でしたがALTと先生との打ち合わせの通訳、ALTの補助、それから英語の絵本の読み聞かせなど、小学校の先生方と相談しながら一生懸命やっていました。
 それと前後して一緒にPTA活動をしていた仲間のお母さんから「品川区の男女共同参画センターの機関紙で“編集ボランティア”を募集しているから応募してみたら?」と言われ、翌年度からはその活動を始めました。ここでは、「区の広報誌のため」ということでソニーやJTB等の大企業の次世代育成支援策を取材させていただくこともできました。

~ずいぶん色々な活動をされたようですが、全てボランティアで?~
 はい。本当は働きたかったのですが、実際にどう動けば良いのか分からず、また40歳を過ぎていまさら履歴書を書くことにも躊躇していました。
 そんな自分の「働きたい」という思いを品川区の機関紙の編集会議で話すと、働いている女性からは「働きたくなくても働かざるをえない人だっているのにあなたは贅沢だ。」といわれたりしましたが、「そんなに働きたいのなら区がやっている再就職セミナーに出てみたら?」といわれ、実はそれまではそういう再就職セミナーのようなものはちょっと抵抗があったのですが、「講師の人がとても面白い人だから」と勧められ、参加しました。
 その講師は“子育てをしながらコピーライターの勉強をして、40歳でコピーライターになり、現在はビジネススクールも経営している”という経歴の方でした。とても興味深い内容のセミナーが終わり、その後講師とのランチ会に参加、そこで私の運命を変える出来事が起こりました。
-続く-

インタビュアー:合田聡子

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